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184 60スター西洋占星術 シーズン・バケーション ⑥アセンダント(ASC)の吉角と凶角

60スター西洋占星術 シーズン・バケーション  日本語版 BY TOKYO-TANUKI💛 184 60スター西洋占星術  シーズン・バケーション ⑥ アセンダント(ASC)の吉角と凶角 1.  さて、アセンダントが、良いアスペクトのときは仕事がうまくいって財産が増えたり忙しかったり、悪いアスペクトの時は逆に仕事を失ったり、失脚したりすることを示すことは前回書いたので、それを具体的に見てゆきましょう 分かりやすいのがナポレオンです。    ナポレオンは皇帝になった後、アセンダントのセクステルのとき、 アウステルリッツの戦いで(三帝会戦) で勝利し、フランスに大きな領土をもたらします。 まあ、王のホロスコープにアセンダントの良い角度があるときは、領土拡張を示すことはよくあります。 (図1) ...ところが、ちょうど、プログレッションの太陽がアセンダントとスクエアの時、 "諸国民の戦い" がおこり、ナポレオンは退位します。 まあ、これも失脚というか、 失職 ということですね。 皇帝という仕事がおわったのです。 (図2) 2.  次に、鄧小平大王を見てみましょう。 文化革命の勃発により 走資派ナンバー2 と名指しされた鄧小平は、殺されこそしなかったものの、追放されて農村に送られ、60歳過ぎて農作業などの野良仕事をさせられます。 このとき、鄧小平の太陽は、ASCのスクエアです。 もちろん、それまでの仕事=総書記の仕事はなくなっています。 (図3) しかし、その後、毛沢東が死に、鄧小平は復活します。 そして、ASCがトラインの時、鄧小平は、華国鋒らの毛沢東派の者たちを党の中央から排斥し、自らの子飼いの部下、胡耀邦と趙紫陽を要職につけ、 中国最大の権力を手に入れます。 中国の近代化を開始したのです。 70半ばを過ぎて、ついに最高権力者としての仕事を遂行する場面が始まったのです。 3.  上の二名に比べるとやや地味なのですが、日本の田中角栄さんを見てみましょう。 田中さんはASCのトラインの時に 政権党の幹事長になり、選挙を通じて政権党の中枢を握ります。 これは、それまでの政権党の中枢、CIA=反中国ラインに逆らった動きでした。 (図4) 田中さんは、幹事長としてその才能と手腕を日本中に認められ、その後、まもなくして、小学校しか出ていなかったのに、先進技術国...

147  未来予測の方法を知ろう 60スター西洋占星術シーズン6の8 中国編 鄧小平その2

60stars astrology By Tokyo-Tanuki 60スター西洋占星術 シーズン6 日本語版 147   未来予測の方法を知ろう  60スター西洋占星術シーズン6の8 中国編 鄧小平その2  1.  さて鄧小平大王の続きですよ。 鄧小平さんは、その後も累進し、1956年9月にはなんと52歳で 総書記となり(財務部長兼任) 、そして党内順位も6位となります。 このときの鄧小平さんのプログレッションの太陽は 52.2×2.5+♌28°=158.5°  つまり、やぎ座の8.5°となり、シリウスのオッポジション、ASCのセクステル、金星のトラインになります。 年は若いのですが、 既に鄧小平さんのPtは0.5を超えており(>0.7の二乗)、重量級に達していた ので、別に問題はなかったのでした。 (図1) 2.  その後は中ソ論争などで名を上げ、劉少奇・鄧小平ラインで国家建設に邁進します。 しかし、1959年の 大躍進政策の失敗 により半ば隠棲状態にあった毛沢東が、権力奪取のために発動した 文化大革命(1966年) が、いきなり国を覆います。 1966年5月、ついに、鄧小平を走資派№2と名指しした文革派による批判が始まります。 このときの鄧小平のプログレッションの太陽は、 61.7×2.5+♌28°=182° 太陽はハードなみずがめ座に入り、火星のオッポジションです。 鄧小平の驚きが分ります。 (図2) 3.  1968年10月には鄧小平は追放され、トラクター工場で労働改造をさせられます (第2回目の失脚) 。 このときの鄧小平の太陽は、 62.3×2.5+♌28°=188.7°つまりみずがめ座の8°~10°の辺りになります。 シリウスの150°、アセンダントのスクエアです。追放先での過酷な作業が見て取れます。 (図3) 4.  しかし、1971年9月、転機が訪れます。毛沢東と仲違いをした 林彪さんがクーデタ未遂 をおこし、なくなったのです。 これには諸説がありますが、林彪さんがいなくなったことは、毛沢東の取り巻き(四人組)の力を増すことになる一方で、毛沢東が、 軍ににらみが利かせられる強力な後継者を欠いた ことを意味します。 周恩来さんは軍人じゃないですしね。 このときの鄧小平のプログレッションの太陽は、 67.1×2.5+♌28°≓196...

146  未来予測の方法を知ろう 60スター西洋占星術シーズン6の8 中国編 鄧小平その1

60stars astrology By Tokyo-Tanuki 60スター西洋占星術 シーズン6 日本語版 146 未来予測の方法を知ろう  60スター西洋占星術シーズン6の8 中国編  鄧小平その1 1.  さて、今日から中国編です。 中国は、長い長い歴史と大きな人口を持つ大国で、現在も世界人口の8分の1以上を占めます。 いわば、東洋の中心となる国家です。 中国では、 あまりにも人が多い ため、政治的な権力を維持するには、通常ではない力が必要となります。 今回、紹介する鄧小平大王は、 V=2.5 で、中国共産党革命最大の実力者です。 鄧小平さんの出生図は図1のとおりです。太陽がネイタルのしし座、土星がみずがめ座、アセンダントはさそり座(11度)、月はやぎ座です。 この配置を見ると、プラスの星座とマイナスの星座がバランス良く、たいていは、悪いことがあっても乗り切れそうですが、一方で、 不動宮に集中があるため、さそり座とみずがめ座の時代はハードになると予測できます。 性格は、60スター西洋占星術のいて座、見た目慎重ですが(アセンダントさそり座)、決断は早いです。 (図1) 2.  さて、鄧小平さんは、1904年8月22日、当時の中国四川省でわりと豊かな家に生まれ、16歳の時(1920年10月)、海路フランスに渡ります。 このときの鄧小平さんのプログレッションの太陽は、 16。2×2.5+♌28°=68・5度 つまり、てんびん座の8.5度で、シリウスのスクエアです(図2)。 当時のことですから、一度遠い外国に出てしまうと、誰の援助も得られません。まして、16歳は少年です。 進取の気性に富むといってもなかなかできないことです。もちろん、 直ぐに貧乏生活になり、工場で働くことになります。 (図2) 3.  しかし、鄧小平さんは1922年末、 中国少年共産党に入党 し、翌年はパリに戻って 周恩来さん との終生変わらない友情を持ちます。 翌年からは機関誌発行の責任者となり、一躍活躍し始めます。 この頃、19歳のころの鄧小平さんの太陽は、 19×2.5+♌28°≓76°、つまりてんびん座の16°であり、共産主義を示すネイタルの土星とトラインになります。 (図3) 4.  その後、鄧小平さんはフランスを追われモスクワに渡り、共産主義を学びます。 1927年に帰国し、毛沢東の広...